
「それでも角田は速い」
2025年7月。F1世界選手権は中盤戦に差し掛かり、伝統のシルバーストーン・サーキットでイギリスGPを迎える。ここに、今季最大の岐路に立たされた男がいる。角田裕毅──オラクル・レッドブル・レーシング所属、そして今、再びその真価が問われている。
「何が起きているかは分からない。でも一つ言える。Yukiはとても速い。」
これは、今季からF1にデビューしたレーシングブルズのアイザック・ハジャーが語った角田への言葉である。チーム内で直接競っているわけではないにもかかわらず、角田の速さを認めたこの言葉は、ファンや関係者の胸に強く残った。
だが、速さだけでは評価されないのがF1の厳しさだ。角田は現在、チームメイトであるフェルスタッペンに対して明確な差を示せずにおり、オーストリアGPでは予選18番手、決勝16位と苦しい展開に終始した。
シルバーストーンは、そんな彼にとって再起の舞台となるのか──。
雨と風が支配する、魔のシルバーストーン
イギリスGPが開催されるシルバーストーン・サーキットは、全長5.891km、18のコーナーを持つ高速テクニカルコース。特に「マゴッツ・ベケッツ・チャペル」セクションは世界的にも有名な超高速S字区間で、マシンバランスとドライビングセンスが問われる。
そして何より、このサーキットの特徴は「気まぐれな天候」だ。2025年のレース週末も、予選・決勝ともににわか雨の予報が出ており、気温の変動も激しい。
▷ シルバーストーン天気予報
- 金曜(7月4日):晴れ時々曇り(26℃/14℃)
- 土曜(7月5日):霧雨・小雨混じり(22℃/14℃)
- 日曜(7月6日)決勝:所によりにわか雨(20℃/12℃)
過去にも多くの波乱を生んできたこのコースは、運と戦略、そして集中力のすべてが試される場となる。
角田は2021年、そして2024年のシルバーストーンで10位入賞を果たしている。特に2024年は雨が絡む中で粘り強く走り、ポイントを持ち帰った。つまり、不安定なコンディションは彼にとって追い風となる可能性が高い。
昇格後の苦悩──結果が出ない「速さ」
今季の角田は、念願のレッドブル昇格を果たしたものの、その道のりは決して平坦ではなかった。
前半戦では度重なるマシンバランスの不一致、タイヤマネジメントの失敗、戦略ミスなどにより、入賞はわずか数回。特にオーストリアでは、予選で思うようにグリップが得られずQ1敗退、決勝でも競り合いの場面でポジションを維持できず、終始後方での戦いを強いられた。
角田自身は、「オーバーテイクの判断を焦った」「あと1周待つべきだった」と冷静に振り返り、責任を自らのドライビングに求めている。その自己分析の深さは賞賛に値するが、F1という舞台においては結果こそが最大の説得力だ。

チーム内の競争と“ハジャーの追撃”
さらに彼を取り巻く状況を複雑にしているのが、チーム外からの圧力だ。
レーシングブルズでデビューしたハジャーは、これまでに複数回のポイントフィニッシュを果たし、既にランキングでも角田を上回っている。特に日本GPでは7位入賞という見事な走りを見せ、評価を一気に高めた。
ハジャーの存在は、角田にとって「実力を証明しなければならない理由」をさらに強くする。レッドブルのようなトップチームでは、“結果が出ない速さ”は、すぐに“不要”とみなされてしまう。
一方で、角田には経験と実績がある。4年間にわたってF1に参戦し、特に難しいコンディション下での対応力やマシン開発への貢献は高く評価されている。あとは、「印象に残るレース」をすること。それが再評価への唯一の道なのだ。
チームとの関係──支えられる側から、信頼に応える側へ
クリスチャン・ホーナーやヘルムート・マルコといった首脳陣は、角田を完全に見放したわけではない。ホーナーは「我々は彼を支えていく」と明言しており、内部でも一定の評価がある。
だが、支えられる立場に甘えていては、やがて居場所を失う。角田には今、“信頼に応える”というテーマが突きつけられている。
そのために必要なのは、たった一度のインパクトだ。
1周のラップタイムでも、1つのオーバーテイクでも、1戦の戦略成功でもいい。「やっぱり角田は速い」と思わせる走りを、いかに早く、そして明確に見せられるか。
雨がすべてを洗い流す──再評価のチャンス
今回のイギリスGPは、雨の可能性が高い。
そしてその雨は、すべてを“リセット”してくれる。
予選のパフォーマンス差、マシンの優位性、戦略のテンプレート──そうした差がすべて無に帰す瞬間、角田にとっては最大のチャンスとなる。過去に幾度も雨のレースで強さを見せてきた彼だからこそ、今回もそれを「武器」にできる可能性は十分にある。
「伝統の地」で放つ、ひとつの閃光
シルバーストーン。それは多くの伝説を生んだ聖地であり、また多くのドライバーの運命を変えてきたコースでもある。
角田裕毅にとって、ここは再出発の場所となるか、それとも後戻りできない現実に向き合う一歩となるのか──。
気まぐれな天気、読めない展開。その中で彼が何を掴めるのか。
今こそ、持てるすべてをぶつける時だ。
勝っても、負けても。
私たちは角田裕毅を応援しつづける。