
ルールへの問いを突きつけた12位──角田裕毅、届かぬ声と100戦目の静かな闘い
F1第10戦カナダGP(ジル・ヴィルヌーヴ・サーキット)は、角田裕毅にとって節目となる100戦目だった。予選での赤旗下の対応による10グリッド降格、そして決勝では12位フィニッシュと、悔しさの残る結果となったが、その過程ではルールの運用や裁定の在り方に注目が集まる場面もあった。
赤旗での「安全回避」に10グリッド降格
カナダGPの予選最終プラクティス(FP3)では、角田は赤旗中に破片を避けるため前方車両を一時的に追い越した。FIAはこれを違反とみなし、10グリッド降格処分を科した。角田は「破片を避けただけ。何をすればよかったのか」と即座に不満を表明した。
この裁定はファンや専門メディアの間でも物議を醸し、安全のための判断だった角田に対して厳しすぎるとの声が相次いだ。結果として、角田は予選11位ながら10グリッド降格という厳しい裁定を受け、グリッド上では最後尾の20番手からスタートを強いられた。
※なお、ローソンとガスリーはピットスタートだったため、実際の順位としては18番手発進となった。
決勝で見せた冷静さと、無線での怒り
決勝では角田が冷静なドライビングを見せ、ワンストップ戦略で難コンディションの中を12位まで浮上。チェッカーフラッグ後もSC状態が継続していた中で複数のマシンがポジションを入れ替えるのを見た角田は、無線でこう訴えた:

🎙 TSUNODA RADIO(角田裕毅の無線)
“Yeah I mean, especially if I got a penalty yesterday with that stupid red flag. They should get a penalty this time.”
🇯🇵 日本語訳:
「いや、本当にさ。昨日あの馬鹿げた赤旗で僕がペナルティを受けたんだから、今回はあいつらがペナルティを受けるべきだよ。」
これは単なる怒りではなく、ルールへの冷静な指摘だった。
規定の内容(Article 55.8)
FIAの正式文書(2025年F1スポーツ規則)には以下の記載があります:
- “Overtaking under Safety Car conditions after the chequered flag.”
→ チェッカー後でも、セーフティカー(SC)信号が残っている間にオーバーテイク(順位入れ替え)を行うことは禁止されています。
FIAが“7台”を正式に調査対象と発表
翌日、FIAは角田の主張を裏付けるように、7台のマシンを「SC下でのオーバーテイク違反」として調査対象に挙げた:
- #12 キミ・アントネッリ(Mercedes)
- #81 オスカー・ピアストリ(McLaren)
- #31 エステバン・オコン(Alpine)
- #16 シャルル・ルクレール(Ferrari)
- #55 カルロス・サインツ(Ferrari)
- #10 ピエール・ガスリー(Alpine)
- #18 ランス・ストロール(Aston Martin)
これらのマシンはチェッカーフラッグ後もSC状態が継続していた中で順位を入れ替えており、これはF1スポーティングレギュレーション第55.8条に明確に違反していた。55.8条は、SC信号が出ている間はいかなる状況であっても追い越しを禁じており、チェッカー後であっても例外ではない。FIAの見解では、SC状態が解除されていない限り、チェッカー後であってもオーバーテイクは禁止されている。
FIAはこの件について正式な調査の結果、全員に警告(Warning)処分を科すことを決定した。ペナルティポイントや順位の変更は行われなかった。
角田の“100戦目”に宿った意味
公式結果は12位でノーポイント。しかし、角田の存在感は結果以上だった。無線での訴え、走りの安定性、そしてレース後のコメントからは、F1ドライバーとしての精神的な成熟が感じられた。
SNSでは「Yuki is right」「FIAは彼の声を聞け」など、角田を支持する声が相次いでいる。Red BullのフェルスタッペンもSC関連で同様の不満を抱いていたとされ、「FIAはRed Bull系にだけ厳しいのか?」という論調も一部で広がった。
中立性を欠く裁定や警告の基準に対して、ファンの不信感は一気に広がりを見せた。角田の指摘は、まさにF1の裁定における“見えない恣意性”を突くものであり、その意味で彼の100戦目は、結果以上に価値のある“発言”と“気づき”をF1に残したと言えるだろう。
そして何より、これほど多くのファンが角田の言葉に反応し、共感の声を上げたという事実が、いかに彼がF1という世界で“愛されている存在”であるかを証明していた。

ホーナー代表も評価「進歩を見せた」
Red Bull代表のクリスチャン・ホーナーはレース後のインタビューで、角田のパフォーマンスを高く評価した:
「彼は進歩を見せた。予選後の通常の位置からスタートしていればポイントも狙えただろう。アップグレードによって自信を持っていたようだし、それが結果にも現れた」
レース後、角田はF1公式インタビューで次のように語った:
「プレッシャーは大きいし、楽しめないときもある。でもこれは自分を証明するチャンスなんだ」
この言葉には、重圧の中で闘う者としての静かな覚悟がにじんでいる。F1という舞台は“楽しむ場”ではなく、“生き残り、証明する場”であるという現実を、角田は100戦目で語ったのだ。

届かぬ声、それでも問う
F1という巨大な競技において、ドライバーの声はときに届かない。しかしそれでも、角田は問い続けた。
「ルールとは何か?」
「公平性とは何か?」
100戦目という節目に、角田裕毅はただチェッカーを受けただけではない。F1の未来に対して、静かに、しかし確かに問いを突きつけたのだ。
そして今、角田裕毅に対して私たちができるのは、その姿勢を正しく理解し、言葉ではなく走りで示そうとする彼の姿を信じることだ。完璧なルールや裁定が存在しない世界で、なおも前を向き、戦い続けるその姿に、私たちは胸を打たれるのだから。
次戦オーストリアGPに向けて──
悔しさの残る100戦目となったが、角田裕毅は確実に前を向いている。
声が届かないことに屈するのではなく、さらなるパフォーマンスで証明してみせる──そんな姿勢を、私たちは次戦オーストリアGPでまた見られるはずだ。
角田裕毅の闘いは続く。
その背中を、私たちはこれからも応援し続けたい。